あの日の台所
- まな板の上のにんじんが、教えてくれたこと-
2026年1月24日(日曜日)
まだうっすら雪が残る日曜日。前日の雪のために予定を一日ずらして、出来上がった焼き物を取りに行く。
一人の時間をこんなふうに過ごすのは、とても久しぶりだった。
父のランチを持って急いで帰ろうかとも思ったけれど、あえて道の駅で、自分のために軽く食事をした。その代わり、父へのお土産をたくさん買って。
焼物工房まで意外と時間がかかり、帰宅すると父の昼寝の時間と重なった。静かに父が起きるのを待った。
静かに起き上がり、私の顔を見て、また自分の部屋へ戻った。
夕方、食事の支度をしている最中に、父がトイレで立てなくなった。
しゃがみ込んだまま動けず、ドアを自分で開けて縁をつかんで体を支えている。何も食べていなくて貧血を起こしたのかと思い、まずトイレから出してあげようと一人で必死になった。
こんな時のために、ちゃんと介助の方法を学んでおくべきだった、そう、後悔した。
夢中になっているうちに、自分の腰から「ぐきっ」という音がした。
あ、やっちゃった。
また後悔した。怖さと現実が重なり合った。
父の首がガクンと落ちて、目が虚ろになり、言葉が出なくなっていた。
それが、怖かった。
救急車を呼んだ。
自宅から走って3分のところに消防署がある。きっとすぐに来てくれると思っていたが、この日は隣の区域から来るのだと知らされた。「一緒に病院へ来る準備をしておいてくださいね」と言われ、準備を始めた。部屋着のままだし、料理の途中だし、父のそばを離れていいのかと不安になりながら、救急隊が入れるスペースを確保した。
救急隊員たちが父をどうやってトイレから玄関先まで運んでくれたのか、覚えていない。ただ、玄関に寝かされた父が私の顔を見てパニックになった姿が、今も強く残っている。
頭を持ち上げて、そこから逃げ出そうとしていた。目には涙があふれていた。怖かったのだと思う。
停めていた車をどかし、救急用ストレッチャーが通れるようにした。家のドアの鍵穴に、震える手でキーが入らない。2箇所の鍵穴に差し込もうとしながら、父が時々小さな鍵穴にキーをなかなか入れられないでいる姿が、突然頭に浮かんだ。
車を駐車場に戻した記憶もほとんどない。ただ、後で帰宅したとき、少し斜めに止まっていた車を見て、あの瞬間の自分の状態を想像した。
几帳面な父は、保険証もお薬手帳もきちんとバッグに入れてくれていた。そのままかついで、救急車に乗った。何を持っていけばいいかわからないまま、携帯の充電器もバッグに押し込んだ。
いつも診てもらっていた名古屋日赤病院は、満床のために受け入れを断られた。救急車の中での時間が、果てしなく長く感じた。
——-to be continued