香りでたどる記憶 Australia
Starbucksでパソコンを開く。
久しぶりの雨の朝。8月。
今日はシャワーを浴びて、すっぴんのまま。
東京に1泊したあと、名古屋へ戻ってきた。
3週間の疲れが一気に押し寄せ、
カラダがまだ、現実というものにうまく馴染まない。
真冬のオーストラリアから、一転、灼熱の日本の夏へ。
あまりにギャップが大きすぎて、思考が追いつかない。
自宅から一歩も出られないほど衰弱していた私のカラダ。
食欲もわかず、PCの前に座っても1時間が限界。
静かな場所を求めては横になり、また少し作業しては、横になる。
そんな日々を繰り返していた。
昨日まで目にしていた、広い空。
甘くてフレッシュなユーカリの香り。
ここには、あの空気がない。
代わりにあるのは、エアコンの埃っぽい匂いと、
時間に追われる感覚。
体調が万全でないまま、自分をPushしてきた。
「せっかく来たのに、部屋でだらだらしていてはもったいない」
「まだやることが山ほどある」
そう思えば思うほど、焦りが募っていった。
ようやく来たはずのホリデーなのに、
心が休まらないのはなぜだろう。
ふと、日本にいた頃の自分を思い出す。
休みの日なのに、のんびりしていると「これでいいのか」と思ってしまう。
誰かに責められるわけでもないのに、
誰も見ていないのに、
なぜかいつも、自分を急き立てていた。
オーストラリアに深く馴染んだあの頃、
そんな焦りはすっかり手放していたはずだった。
でも日本に戻り、自分でビジネスを始めてからというもの、
時間の重さに別の意味が加わった。
日々に達成感を見いだせないまま、
「一度、外に出なきゃ」
そう思い続けていた。
帰国して、3年が経った。
20年以上の暮らしを、たった15箱に詰めて、日本へ戻ってからもう3年。
「1年に1回は、ホリデーで戻ろう」
そう決めていたのに、自分のことはいつも後回し。
始めたばかりのビジネス。
一人きりの父。
なにかと理由をつけて、2年目も行けなかった。
3年目。毎年のように計画していたバースデー帰国。
ビジネスパートナーでもある息子が、私の背中を押してくれた。
「今年行かなくて、いつ行くの?」
本当に、その通りだった。
今じゃなかったら、いつ?
Someday Island.
“いつか”と信じていても、その“いつか”は、いつまでも来ない。
決断するのは、いつだって自分。
ずっと、そうやって生きてきたのに、
気づけば、怖くなっていた。
自信を、なくしていた。
この社会に追いつこうと、
馴染もうと、
本当は必要のない場所で、エネルギーを消耗していた。
自由で、心がほどけるような空気。
自分らしさがちゃんと呼吸できる場所。
長く住み慣れた、あの場所に戻りたい
その想いは、日ごとに強くなっていった。
そして、3年ぶりに降り立ったオーストラリアの空港。
入国後、空港の外に出た瞬間、朝の空が広がっていた。
魂が、震えるような感覚。
大きく深呼吸して、胸いっぱいにオーストラリアの空気を吸い込む。
「オーストラリアの匂いって、どんなの?」
とよく聞かれるけれど、
広大な亜熱帯林。湿った土や草木の香り。
街路樹にも使われる、何百種類のユーカリやティーツリーが放つ、
シネオールの甘くて爽やかな香り。
海岸線から流れ込む、やさしいシーブリーズ。
すべてが溶け合った、唯一無二の香り。
あぁ、帰ってきた。
そう思える香り。
オーストラリアに訪れる機会があれば、
ぜひ「香り」から、この土地を感じてみてください。
記憶に残る旅は、鼻先から始まるのかもしれません。
オーストラリアでしか観られない地平線と空の色が好き