Chapter 4           震える手とオイル

ICUから一般病棟への移動は、4日目だった。あまりに早い展開に驚いた。

病棟が変わるたびに、サインすべき書類も変わる。大部屋が空くまでの間、個室へ。廊下で1時間待たされ、朝からの慌ただしい移動の連続で父はかなり衰弱していた。


父の脳梗塞は、心房細動によるものだった。

心房が不規則に震えることで血栓ができ、それが脳へ運ばれる。何十年も前から不整脈があり、高血圧もあった。几帳面な父は毎日3回、血圧を測り、手帳に細かく記録していた。腎臓の機能低下、貧血、体温の低さ、いくつもの数値と向き合いながら、それでも一人で丁寧に生きていた。

私が帰国してからは、食事管理を一緒に引き受けた。透析を避けるために、カリウムを制限し、消化のいいものを選び、水分を意識してとるよう促した。昭和の時代に「水分はとらない方がいい」と教わった世代だから、ほんとうに飲まない。それでも少しずつ、数値は改善していた。

なのに、一瞬だった。いつもと同じ日常の中で、血栓は脳へ飛んだ。


左側の脳梗塞により、言葉、右手足、飲み込む力に障害が残った。腎臓の数値も悪く、血液をサラサラにする薬をいつ投与できるか、ドクターたちが慎重に見極めていた。


面会に行くと、父は眠ったり、目を開けたりを繰り返していた。声をかけると反応する。喉の力が弱く、痰を吐き出せずに咳をする。

ふと、右手が動いた。左手に寄り添うように。両手は震え、動かそうとするたびに大きく揺れ、思うようにならない。

こっそり、CBDオイルを手と腕に塗った。

すっと、落ち着いた。

周りを確認しながら、今度は唇へ。首の甲状腺のまわり、首の後ろ、胸、おへそ、頭、足の裏。塗れるところに、静かに塗っていった。震えは止まり、父はそのまま、深く眠りに落ちた。


その日の午後、病棟に移ったその日から、すでにリハビリが始まった。

担当者と20分ほどかけて、体を少しずつ動かす。両足をベッドの外に下ろして端に座る。靴を履く練習。立ち上がる練習。座って、立って、を5セット。最後は、自分の力でまっすぐ立ち上がった。

すごい、と思った。

疲れて、目を閉じてしまった父にもう一度CBDオイルを、塗れるだけ塗って、そのまま帰宅した。


ドクターから説明を受けた。誤嚥性肺炎のリスク、腎臓の数値による衰弱、透析の可能性。いくつかの心配事を、画面を見ながら丁寧に話してくれた。最後にこう言われた。

「あとは、お父様次第です」


その夜、駐車場の車の中で一人泣いた。

これからの長い道のりを、どうやって父のそばにいられるだろう。答えのない問いを抱えたまま、しばらくそこにいた。

Yoko Imoto

オーストラリアと日本をつなぐ暮らしの記録

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